<believe in>

それから2日後

一日美希の体調を見てプロモーションビデオの撮影を再開した。

美希は撮影の休憩中、時折辛そうな表情を見せたが律子が幾ら言っても従う事は無かった。

仕事をしっかりこなしてからプロデューサーと会いたい。

会ってキチンと話しがしたい。

関係が壊れてしまうんだとしても、そうでないにしても仕事を抱えた中途半端な状態では会いたくない。

そう言って美希は律子の申し出を頑なに拒んだ。

美希のシーンはその気持ちがのっている為かどれも素晴らしい出来栄えに仕上がっていった。

勿論それは小さな事でも妥協せず美希が何度もリテイクを重ねた結果でもあった。

今の美希は憑き物が落ちた様に仕事に集中していた。

「カットー!OKでーす!」
監督の声が鳴り響くと美希がすぐに撮影したシーンを確認しに来る。

真剣にモニターを見詰めて細かい箇所のチェックに入る。

律子からすれば非の打ち所がない出来栄えでも美希にはそうでない箇所があるらしくその度に律子は美希の才能を実感していた。

そして監督もそれを高く評価していた為か美希がOKを出すまでは何度も話し合い撮り直しを繰り返していた。

モニターを見つめている美希がニコリと微笑むと首を縦に振った。

「オッケェェェ!今日の撮影は終わりでーす!おつかれでしたー!」
再び監督が声を上げるとスタッフ達が一斉に声を上げて片づけを始める。

律子が千早と美希に声を掛ける。

「お疲れ様二人とも!」
律子が手渡した飲み物を思い思いに飲みながら二人も返事を返す。

「お疲れ様なの!」
「お疲れ様、律子」

「ささ、さくっと帰ってなんか食べましょ。なんかこっちまで緊張してお腹空いちゃったわよ」

「そうね、早く戻って休まないと明日に響くわね」

「帰ろ、帰ろ〜!」
美希が嬉しそうに言うと律子が着替えを促した。

「早く着替えてらっしゃい。また風邪ひかれたりしたら適わないわ」
笑いながら律子が言った。

二人を見送って待っていると律子の携帯が鳴り出した。

「…プロデューサー」
発信源を確認して電話に出る。

「もしもし」

「お疲れ様、撮影は順調か?」

「えぇ、とっても。天気にさえ恵まれれば予定通りに終わりそうですよ」

「そうか。こっちはもうちょっと時間掛かりそうだ…」

「そうですか…。まあでも今美希に会いたいって言っても美希が断りそうですけどね」
その言葉にプロデューサーは軽く笑った。

「ははっ、集中すると他の物が全部遮断されちゃうからな美希は。そっとしておいた方がいいな」

「なんでですか?」

「美希が集中してる時は何であれ必ず良い結果を出すよ、それが美希のすごい所だよ」
信じて疑わないプロデューサーの言葉に律子は溜息を着いた。

「はぁ…」

「どうした?」

「それだけ信じあってるなら最初に言ってあげればいいでしょ…」

「あぁ…それは、まぁ。俺が悪いんだが…」

「全く…」

「と、とにかくこっちも済んだら連絡入れる様にするから」
電話越しにプロデューサー苦笑している姿が想像出来た。

「っとに…可笑しな二人組みね…」
呆れた様子で律子が呟くと着替え終わったティアラが駆け寄ってきた。

「おまたせなのー!律子いこー!」
ニコニコと笑顔で美希が言った。

「はいはい、いきましょ」

食事の後、3人は思い思いの過ごし方をしていた。

律子はペンを回しながら何やらメモ帳と睨めっこをしている。

千早は腹筋をこなして軽くボイストレーニングをしている。

美希はと言うと特に何を思うことも無くベランダに出て星空を見つめていた。

プロデューサーの事を考える訳でもない。

仕事の事を考える訳でもない。

ただ、大きな瞳で空に瞬く星々を仰いでいた。

「美希。そろそろ寝るわよ?」
部屋の中から千早が声を掛ける。

「うん」
ただそう頷くと美希は部屋に戻りベッドに潜り込んだ。



それから1週間が経つ今日

美希がモニターの前で満足そうに頷いた。

「カットーッ!!オッケェェェェェェェ!!これで全カット撮影終了でーす!お疲れ様でしたー!」
監督の声にスタッフ全員が拍手をティアラに送る。

ティアラの二人は丁寧にお辞儀をしていた。

歓声を上げるスタッフに紛れて律子も二人に拍手を送っていた。

美希がそんな律子を見つけると走り寄ってきて千早の元に引っ張っていく。

「ち、ちょっと美希!」
抵抗する律子を気にも止めずにティアラの間に立たせた。

「律子は私達のプロデューサーでしょ?」
千早はそう言うと律子に微笑んだ。

「馬鹿ね…」
不意にそんな事を言われ律子は眉間の奥にツンとした小さな痛みを感じた。

「じゃあ律子、行くよ?せーのっ!」
美希が声を掛けて繋いでいた手を大きく上げる。

「ありがとうございましたーっ!」
「ありがとうございましたーっ!」
「ありがとうございましたーっ!」
3人で一斉にお辞儀をするとさっきよりも大きな歓声が上がった。

打ち上げを終えてホテルに戻った3人はティアラ用の部屋で小さなお疲れ会を開く事となった。

「かんぱーいっ!」
紙コップに汲んだジュースを軽くぶつけて祝杯をあげる。

「ほんとにお疲れ様、二人とも」
律子が言うと千早がそれを訂正した。

「それは律子よ、急な抜擢で疲れたんじゃない?初仕事だし」
千早の言葉に律子は微笑みながら首を横に振った。

「ううん、良い経験になったわ。貴方達の姿、プロデューサーの業務。どれもすごく貴重な体験だったわ」
笑顔で話す二人とは対象的に美希は少し寂しげな表情をしていた。

「美希…?プロデューサーの事考えてたの?」
千早が聞くと美希は慌てて否定した。

「ち、ちがうよ!ハニーの事なんて考えてないもん!」
ぷくっと頬を膨らます美希に今度は律子が茶々を入れる。

「じゃあ、プロデューサーと一緒に歩いてた子が気になるのね?」
にやりと笑う律子に図星を指されたのか美希は赤面して俯いた。

「む〜っ…」
そんな美希を見て二人はクスクスと微笑んだ。

「会って聞くしかないわね、そればかりは」
律子が溜息を付きながら言うと美希は黙って頷いた。

「大丈夫よ、美希。時期が来ればちゃんとプロデューサーは戻って来るわよ」
千早が美希の髪を撫でながら言った。

「うん。ごめんね千早さん、律子…さん。ミキもう寝るねっ!」
手に持っていたジュースを一気に飲み干すと美希は歯を磨きに洗面所に向かった。

「良いカップルね」
美希が洗面所に入るのを確認して律子が呟いた。

「プロデューサーは不器用過ぎると言うか真面目過ぎると言うか…」

「それは美希も負けてないと思うわ。同じユニットとして…少し妬けなくもないわ」
千早が苦笑して言った。



翌日、律子から休暇の話を聞いて美希達は撮影の疲れを癒そうと羽を伸ばしていた。

相変わらず律子も千早も美希の遊び相手はしてくれなかった。

美希は一人ホテルを飛び出して近くの海に来ていた。

波打ち際から少し離れた砂浜に腰掛ける。

夕焼けが水平線をキラキラとオレンジ色に染めながら落ちていく様子を美希は麦藁帽子の影から眺めていた。

ただボーっと波に乱反射する太陽の光を見ていると不思議と心が落ち着いた。

それだけで時間が過ぎるのを忘れられた。

クピクピと買ってきたジュースを飲みながらプロデューサーの事を思い出していた。

一緒に歩いていた女の子。

楽しそうに話す二人。

思い出すとまた涙が滲みそうになる。

ぐすっと鼻を煤って涙を堪える。

独りぼっちで海を眺めていると感慨に浸ってしまう事に気付いた美希はスカートに付いた砂をパンパンと払うと踵を返しホテルに向かって歩き出した。

昨日まで撮影に使っていた小さなモールを抜け様とした時、美希の瞳に既視感が走る。

プロデューサーだった。

その隣にはやはりこの前見かけた女性が手荷物を少し持ってプロデューサーと話しながら歩いていた。

美希の背中にサーッと冷たい物が通り過ぎる。

驚きのあまり、身動きが取れなかった美希がようやく右足を一歩踏み出したのはプロデューサーの頭が坂の所為で見えなくなってからだった。

見失っちゃいけない。

本能的にそう思った美希が二人を追いかけて行くとしばらくして再びプロデューサーの後姿が目に映った。

二人の表情はどこか親しく楽しげで、また逆にお互いに少し遠慮がちに距離を置いている感じがした。

しばらくすると二人はこの町の一角にある小洒落たマンションのエントランスに入っていった。

一瞬躊躇った美希が意を決してエントランスに入ろうとした時。

ガラス製のドアを二人が通り終えるとスッとドアは美希を残したまま閉じてしまった。

焦った美希はもう一度外に飛び出したが、外からでは中の様子が伺えない造りのマンションに美希は肩を落とした。

二人の追跡はここで諦めざるを得ない状態になってしまったからだった。

「はぁ…」
溜息を吐いてズルズルと壁伝い滑り落ちて座り込む。

緊張が解けた所為か力が抜けると急にふくらはぎの部分がだるさを感じ始めた。

それと同時に美希の頭の中には色んな思いが渦巻き始めていた。

二人はどうしてこのマンションに入っていったのだろう。
二人はどの部屋に入ったのだろう。
ここで何をしているのだろう。
あの子は…プロデューサーのなんなのだろう。

ぼんやりと電灯の明かりを見つめながら思いを巡らせて何十分が過ぎたろう。

グイーンと少し鈍い音を立ててエントランスのドアが開いた。

「っ?…美、希?」
名前を呼ばれ見上げてみるとそこにはプロデューサーが驚いた顔でそこに立っていた。

少し後ろの方に件の女性の姿も見えた。

「美希、何してるんだこんな所で!」
不意に怒気の混じった声を上げられビクッと体を震わせた美希だったがゆっくり立ち上がると意を決して言い返す様に話し始めた。

「ハ…プロデューサーさんこそこんな所で何してるの…美希は散歩の帰りに疲れたから座ってただけだよ」
プロデューサーは一瞬ぎくりとした。

美希の声は淡々と言葉を並べている様にどこか冷たさすら感じた。

麦藁帽子のつばを影にして喋る美希の口元だけがプロデューサーの目には映っていた。

「またこの前の子連れて、一緒にマンションに入って何してたの…」
美希は自分が何を言っているのか解らなくなっていた。

ただ、自分が聞きたい事をプロデューサーが答えてくれる事だけが今の美希の望みだった。

「…」
プロデューサーはただただ美希の言葉を聞いてる他に何も出来なかった。

「答えられない事してたの?その子誰なの…ねぇ、答えてよ…ハニー…」
懇願する美希の口からプロデューサーは久しく『ハニー』と呼ばれた事が少し嬉しかった。

「彼女の買い物に付き合っただけだよ…ごめん、美希。急いで行かなきゃいけない所があるんだ…明日じゃ、駄目か?」
今度は逆にプロデューサーが美希に懇願していた。

「結局、ミキが一番聞きたい事には答えてくれないんだね…」
美希の声のトーンが下がった。

「今すぐには…ごめん。今度、全部話すから…」
その言葉を聞いた瞬間、美希は振り返った。

「そんな事ばかり言ってたら、ミキ他の誰かに取られちゃうんだからね…」
それだけ言い残すと美希はスタスタと歩いて行った。

ただただ美希の歩く後ろ姿をプロデューサーは見つめている事しか出来なかった。

「いいの?…私の事なら、別に」
それを見ていた女性がプロデューサーに声を掛ける。

「多分…解ってくれてるよ。それより待ち合わせの前にちょっと付き合ってほしい所があるから、すこし急いでもらっていい?」
すまなそうに言うプロデューサーの言葉に女性は微笑んだ。

「美希ちゃんの事なんでしょ?」
図星を突かれ悪戯っぽく見上げる女性にプロデューサーは驚いて聞いた。

「何で解った?」
女性はコロコロと笑いながら応えた。

「嬉しそうな目をしてる、宝探ししてる子供みたいにっ。あんな風にあしらったら効果が薄まるんじゃない?」

「難しいな、女の子は…」

「その為に私がそこに付き合わされるんでしょ?早く連れていって貰わないと。手伝ってくれたお礼としてちゃんと選んであげるからっ」



プロデューサーと少し話せて気が楽になった美希がホテルに着いたのは丁度22時頃だった。

帰る途中、心配した律子が電話をかけてきたので22時には戻ると言った手前遅れる事は出来なかった。

カードキーを通してドアを押し込む。

パパーンッ

「わっ!?」
驚いた美希が静かに目を開けるとそこにはクラッカーを手に持った律子と千早が待っていた。

「お誕生日おめでとーっ!」
一瞬美希には何の事か解らなかった。

「???」
首を傾げて考え込んでいた美希がぽんと手を鳴らした。

明日は自分の誕生日だという事を今更ながら思い出した。

「きゃはっ♪覚えててくれたのーっ?」
急いで二人の元に歩いていくと二人の間にはテーブルの上にケーキが乗せられていた。

ホワイトチョコにブラックのチョコで『美希、誕生日おめでとう』と書かれたプレートの乗ったフルーツタルトにカラフルなろうそくが15本立っていた。

「じゃあ火を点けるわね」
律子が手際良くろうそくに火を点けると千早が電気を消した。

ぼんやりとしたろうそくの火が灯る中、千早と律子がハッピーバースデーソングを歌いだした。

リズムに合わせ美希が頷く、笑顔が止まらなかった。

プロデューサーとも全部ではないが話しが出来た、信じてる。
千早と律子には誕生日のお祝いまでして貰っている。

そんな風に喜んでいると歌を歌い終えた二人が拍手を打つ。

美希は大きく息を吸い込んで一息でろうそくの火を吹き消した。

「おめでとーっ!」
「おめでとっ、美希」

「ありがとうなのっ!」

「じゃあまずは食べよっか!」
律子がプラスチックのナイフでケーキを切り始める。

美希は律子が切っていく様をワクワクしながら見守っていた。

「流石にこれを3人じゃ食べきれないわよね…」
苦笑しながら言う律子に美希は笑顔で答えた。

「余ったらハニーにあげればいいの!なんか女の子も居たし」
笑顔で言う美希に二人は唖然とした。

「ちょっと、美希。プロデューサーに会ったの?」
驚いて聞く千早に美希は答えた。

「ちょっとだけ。全部は話してもらえなかったけど…でも今度話してくれるって。久しぶりに声が聞けたの、ハニーの声♪」
少し照れくさそうに話す美希を見て千早が微笑んだ。

「律子、渡してもいい?」
ケーキを切るのに苦戦している律子に千早が聞くと律子はコクリと頷いた。

「なぁに?」
美希が聞くと千早はテーブルの下から小さな包みを取り出した。

「はい、美希。誕生日おめでとっ」
ニコリと微笑んで美希に手渡す。

「わっ、ありがと〜っ♪開けていい?」
その言葉に千早が微笑で返す。

包みをキレイに剥がすとそこにはまた小さなハート型の箱が入っていた。

「ピアスだぁ〜、可愛い♪」
中にはハート型に色々な宝石が散りばめられているピアスが二つちょこんと並んでいた。

早速着けて千早に見てもらう。

「どう?千早さん」

「凄く似合ってるわ」
と千早も嬉しそうに言った。

「じゃあ今度は私ね」
ケーキを切り終えた律子がやはりテーブルの下から小さな包みを取り出して美希に渡す。

「私からとか千早からじゃなくて二人からって事でよろしくね。二人で選んだのだし。」
笑いながら律子が言う。

「うん、ありがとっ♪開けてみるね!」
律子に手渡された箱にはピンクが主体で少し色の深みが違うルージュが3本入っていた。

「おおぅ、これは!」

「美希も一つ大人になるわけだしリップとかグロスだけじゃなくてルージュを引くのも良いんじゃないかなと思ってね」
美希がキュルキュルとルージュを出して遊んでいるとブランド名が目に付いた。

その文字の作りに何所か見覚えがあった。

「あれ?これって…」

「あ、気付いた?それは少し前に千早がCM撮影したブランドの新色なのよ」
律子が嬉しそうに言う。

そう言われてみるとプロデューサーが後学の為にと千早のCM撮影に連れて行ってくれた事が確かにあった。

「律子ったら新色貰えないか聞いてくれってしつこいんだもの」
珍しく千早がむくれている。

「あはは…でも、しょうがなかったのよ。美希に…特に今の美希にピッタリだと思ったの。ブランド名がね」

「それは否定しないけど」
溜息を吐きながら千早が言った。

美希は律子と千早の気遣いが堪らなく嬉しかった。

「千早さん、律子さん…ホントーにありがとう♪」

「いいえ」
「どういたしまして」

「今度、ハニーに呼ばれた時に絶対着けていくね!自信を持って行ける様に!」

「頑張ってらっしゃい」

「きっと上手くいくわ」
二人の声援を心に受け止め美希はその日、眠りに就くまでプロデューサーの事を想っていた。

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